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誰も書けなかった「笑芸論」 森繁久彌からビートたけしまで (講談社文庫)

, 高田 文夫

によって 高田 文夫
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内容紹介 森繁久彌の隣家に生まれ、庭の柿を盗み、子犬まで捨ててしまった少年時代。日大落語研究会で森田芳光の先輩として飲み歩いた日々。塚田茂に弟子入りし、毎週続く「ドリフ」の地獄の会議。「浅草にすげぇ奴がいる!」と出会ったビートたけしと伝説の「オールナイトニッポン」まで。すべて出会った喜劇人たちとの交流と芸論。書き下ろし「東京の笑芸私史」では、東京と笑いを立体的に描き出す体験的笑芸六十年史。解説 宮藤官九郎「笑い」と共に生きてきた伝説の放送作家だからこそ、ここまで書けた!森繁からたけしまで、その伝説のすべてを晒す「体験的笑芸論」第一章 「体験的・笑芸六〇年史」 森繁久彌の横の家に生まれ、森繁氏の庭の柿を盗み、子犬まで捨ててしまった少年時代。日大落語研究会で森田芳光の先輩として飲み歩いた日々。塚田茂に弟子入りし、預けられた「ドリフ」の毎週続く地獄の会議。森繁久彌、三木のり平、青島幸男、渥美清、林家三平、永六輔、古今亭志ん朝、森田芳光、立川談志、三波伸介、景山民夫、大滝詠一、坂本九番外編 脱線トリオ、クレイジーキャッツ、コント55号、ザ・ドリフターズ を収録。第二章 「ビートたけしと笑芸の夜明け」「浅草にすげぇ奴がいる!」という噂を聞きつけ足を運んだ浅草で出会ったビートたけし。その出会いから伝説の「オールナイトニッポン」まで。笑いの歴史を塗り替えた瞬間を、その横で「バウ、バウ!」と目の当たりにした著者がすべて語る。第三章 「東京の笑芸私史」東京の笑いの中心・有楽町日劇ホール。戦後の「笑い」から現在の東京の「笑い」への系譜を、場所と出来事・人を縦横に繋ぎ浮かび上がらせた、私的笑芸六十年史。解説 宮藤官九郎 内容(「BOOK」データベースより) 森繁久彌の隣家で育ち、寄席で見た林家三平。小学校の卒業文集に「青島幸男になりたい」と書き、森田芳光と飲み歩いた大学時代。毎週続くドリフ地獄の会議と浅草のすげぇ奴“ビートたけし”との出会いから伝説のオールナイトニッポン誕生。“笑い”を生きた男がすべてを書いた、自伝的「笑芸論」の決定版。 著者について 高田 文夫1948年6月25日、東京都渋谷区生まれ。日本大学藝術学部放送学科卒業。放送作家の塚田茂に弟子入りし、「スタッフ東京」設立に参加。1973年、『ひらけ!ポンキッキ』で放送作家デビュー。その後、『笑ってポン!』『スターどっきり(秘)報告』『夜のヒットスタジオ』『オレたちひょうきん族』『三波伸介の凸凹大学校』などを手掛け、1981年放送開始の『ビートたけしのオールナイトニッポン』は社会現象ともなった。1983年立川談志の落語立川流Bコースに入門。その後、立川 藤志楼として真打に昇進した。1989年放送開始の『ラジオビバリー昼ズ』は現在も続く人気番組となっている。著書に『だから私は笑わせる』『民夫くんと文夫くん あのころ君はバカだった』(景山民夫氏との共著)『正しい団塊の世代白書』『ビートたけしの三国一の幸せ者』(ビートたけしとの共著)『笑芸日記 一九九六-二〇〇五』『ビートたけしのオールナイトニッポン傑作選!』『大衆芸能ざんまい 娯楽・極楽・お道楽』(1~4巻)『ニセ夫婦漫才 笑いひと筋23年 信頼のラジオビバリー昼ズ』など多数。そのほか『落語ファン倶楽部』の編集人も勤めるている。 著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より) 高田/文夫 1948年6月25日、東京都渋谷区生まれ。日本大学藝術学部卒業。放送作家の塚田茂に弟子入りし、その後、『スターどっきりマル秘報告』『夜のヒットスタジオ』『オレたちひょうきん族』などを手掛ける。1981年放送開始の『ビートたけしのオールナイトニッポン』は社会現象ともなった。1983年、立川談志の落語立川流Bコースに入門。立川藤志楼として真打に昇進した。1989年放送開始の『高田文夫のラジオビバリー昼ズ』は現在も続く人気番組となっている(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) 続きを見る
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2012年4月に不整脈で倒れ、八時間に渡る心肺停止で死の淵をさまよった高田文夫は、奥さんの発見が早かったことや大手術の成功などで復活した。本書は、その翌年から、リハビリを兼ねて、ということで「小説現代」で始まった「笑芸」体験を振り返るコラムに、書下ろしの自伝的な章を加えて一昨年発行された単行本の文庫化。第一章では13人の一流の“笑芸人”について、なるほど、近くにいた高田文夫でしか書けなかったであろう内容が興味深い。私が大好きな古今亭志ん朝の告別式で流されたBGMは、なんとも意外なグループの曲だったことを、本書で初めて知った。家元との逸話には笑い、大学落研の後輩だった森田芳光との思い出には、少し目が潤んだ。千歳船橋の自宅近くに住む森繁邸へのイタズラなどは、なんとも微笑ましい。第二章「ビートたけし誕生」も、他の人には書けないことだらけ。書下ろしの第三章では、昭和三十年代前半に“笑芸”に目覚めた、早熟な高田少年の姿が目に浮かんでくる。貴重な芸人さん達とのスナップを含むフォトアルバムも含め、心肺停止から天が高田を救ったのは、まさにこの本を書かせるためだったか、と思わせる本。昭和のお笑いに関する語り部として、今後も続編を期待させる好著。

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