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劉備と諸葛亮 カネ勘定の『三国志』 (文春新書)
本, 柿沼 陽平
によって 柿沼 陽平
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内容紹介 三国志の英雄は全員悪人!? 気鋭の歴史学者が歴史学の知見をふまえて、これまでの常識をくつがえす! 小説、映画、マンガ、ゲームを通じて幅広い世代に受け入れられている三国志。 多くの場合、主人公は劉備で、きまって「つねに民を思いやる仁君」として描かれる。 その脇には彼を支え続けた天才的軍師、諸葛孔明がひかえている。 ところが歴史学の手法を駆使すると、まったく違う姿が浮かびあがる。 本書で示される驚愕の事実とは・・・ ・劉備は競馬好き、学歴詐称で、親不孝なボンボン。 ・劉備はヒゲがないことがコンプレックスだった。 ・諸葛亮は軍略をたてるのが苦手。 ・関羽・張飛は劉備にカネでスカウトされた。 物語では美化されてきた二人だが、彼らの家柄や「財布の中身」に着目すると、本当の姿が見えてくる。 また本書では他の群雄にもスポットをあてている。 ・呂布の赤兎馬はポニーなみに小さかった ・三国志の英雄たちはいつも資金繰りに悩んでいた ・董卓は暴君だったのか? ・袁術、袁紹の「二袁児」は声望を集めながら、滅びたのはなぜか? ・曹操はどのようにして財源を確保したのか? あなたの知らない「三国志」がここにある! 内容(「BOOK」データベースより) 三国志に登場する劉備といえば民おもいの名君で、諸葛亮は天才軍師…ところが最新の研究では、こうした「常識」に疑問が生じている。本書では単なる物語ではなく、史実にもとづき、さらには彼らのカネの動きを追うことで、英雄たちの実像にせまる。あなたの知らない三国志がここにある。 著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より) 柿沼/陽平 帝京大学文学部准教授。1980年生まれ。2009年、早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。おもに中国古代史(とくに経済史、貨幣史)を研究している。日本泰漢史学会理事、中国出土資料学会理事、中国中古史青年学者聯誼会理事、三国志学会評議員などを歴任(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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「三国志」に登場する英雄・傑物たちについて、史料を駆使して特に劉備・諸葛亮を中心に批評している。劉備と諸葛亮のふたりは、小説、映画、ゲームといった三国志を題材にしたエンタメ作品に多くの場合、主人公として登場する。本書でも冒頭で指摘しているとおり、「劉備(蜀漢)善玉史観」のもとは『三国志演義』にいきつき、日本ではここから『吉川三国志』、『横山光輝三国志』と系譜が続く。そこで描かれる「仁君・劉備」「忠臣・天才軍師孔明」像に疑問を呈して、特に英雄たちの経済事情からその実態に迫っていく。まずは劉備について、『演義』では貧しいむしろ売りとして登場し、救国の志をともに持つ関羽・張飛と義兄弟の契りを結び桃園の誓いを立てる。本書は桃園の誓いの実態を大商人からの投資で劉備が活動資金を得たことによって結ばれた関係だと指摘する。帯にも大きく宣伝されている「関羽と張飛はカネでスカウトされた」というわけである。ほかにも劉備の生い立ちについては、貧農出身ではなくむしろ地方有力者の一族だと推察できる点、一方で賭博に熱狂したり、盧植を師事した事実はあるようだが実態は方便として触れ回っていた学歴詐称に過ぎないことを挙げている。諸葛亮については天才軍師として『演義』に描かれ、出師の表から「忠臣」像を見出す従来の評価を史料をもとに再度分析している。特に劉備にも共通する指摘だが、ふたりが目指した「漢室再興」「曹魏打倒」のために行った政治手法は「軍事最優先型経済体制」と呼ばれるもので、仁政とは程遠い施政を益州(荊州)の人民に強いたという。また出師の表についても臣下に過ぎない諸葛亮が、現帝である劉禅よりも先帝を重視するばかりか劉禅を過剰に諌める「独裁者」の傾向が強いと指摘している。実際に北伐に際して諸葛亮はまさに独裁者のごとく国家総動員体制を展開している。著者は、これは「仁政」とは真逆のものだが、本来反乱がおきかねない過剰な軍事傾倒を続けた政治手腕を評価している。劉備・諸葛亮による事業を「大義はカネがかかる」という無常な一言をもって締めくくっているが、全体的におおむね同意して興味深く拝読した。一方で、『演義』で悪逆非道に描かれる董卓について、勧善懲悪によらない再評価を試みているがこれは少し無理筋に感じた。長安遷都に際した洛陽焦土作戦や歴代皇帝墓の盗掘の弁解に「そもそも反董卓同盟軍が洛陽出兵を行ったせいだ」と主張すれば、「では反董卓同盟軍なるものが結成されたのは、そもそも董卓が洛陽で悪政を敷いたからだ」という水掛け論になってしまう。著者は「反董卓同盟軍を善、暴君・董卓を悪」とみるのが世間の見解だと捉え、その見解の再構築を試みているが、ちょっと三国志をかじった人ならば、善と目される反董卓同盟軍内部は大義による結束が弱く、利害対立が重なり結果として董卓打倒を果たせなかったことを知っている。内情として袁術による孫堅への背信行為や長安遷都後の進軍か撤退かで対立する諸侯たちを「正義の解放軍」とみる三国志ファンはどれほどいるだろうか。著者が指摘するように所詮は「全員悪人」なのは多くの読者の知るところなのではなかろうか。私は現在20代後半で、『横山光輝三国志』が「三国志」のインターフェイスだったと記憶しているが、その世界に没頭したのはゲームのコーエー「三国志Ⅵ」や「真・三国無双シリーズ」であり、漫画『蒼天航路』であった。いずれも従来の『演義』だけによったエンタメ作品ではなく、むしろ『蒼天航路』にいたっては『正史』をもとに曹操を過剰に英雄視した傑作である。『無双シリーズ』も特に魏呉蜀の特定の勢力に肩入れした作品ではなく、「全員悪人」ならぬ「全員にそれなりの正義がある」といった世界観である。おそらく現在の30代以下の世代は筆者が想定するほど『演義』に毒されていないのではないだろうか。だからこそ著者が「劉備・諸葛亮の善性」に対して批判的に指摘する本書は、曹魏贔屓の私などは「いいぞもっと言ってやれ」と胸中喝采で読むことが出来た。しかしながら、それでも私は三国時代の人知を超えた天才は諸葛亮と曹操のふたりだと考えている。最新の学術研究についてはわからないが、私のような浅学の徒がたしなむエンタメ作品では関羽が過剰なほど高評価だと感じるので、神格化されすぎている関羽の評価などを著者の新著に期待したい。
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